【地域研究】 大 佐 飛 山     (五万図、那須・塩原)
                     
                       高 橋 敬 一

               <<地図 >> 注意:94KBあります。
                     
 関東平野北部にある那須野ヶ原の西には、いまだ奥深い会津・越

後の山なみが綿々と広がり、これらの山々は一つの顕著な山脈を形

成することもなく、二十万分ノー地勢図「日光」を埋め尽くしてい

ます。日本海から押し寄せる冬の大雪が越後の山々の形を変え、会

津の村々を孤立させ、最後に那須野ケ原に風花となって消えるあた

り、標高一、九〇八mの山が、これからお話ししようとする大佐飛

山です。

  一、塩郡スカイライン

 塩郡スカイラインは、大佐飛山の肩を通り、塩原温泉と板室温泉

とを結ぷ全長四十Kmを越える山岳道路です。陸上自衛隊一〇四建設

大隊によって開かれたこの道は、すばらしいパノラマを持ちながら

も、おしいことに今だに崩壊と補修とをくり返しています。

 塩郡スカイラインの入口にある塩原温泉は、高原山の北辺、箒川

の川沿いに発達した古い温泉宿です。東北本線西那須野駅から北西

へ塩原街道を十二Kmあまり、道は関谷宿へと至り、ここから箒川沿

いに山の中へ、塩原温泉へと分け入って行さます。大網・福渡・塩

釜・塩ノ湯・畑下・門前といくつかの温泉を過ぎると中心部の古町

です。狭い道路の両側にはホテルやみやげもの屋がひしめいていま

すが、それもわずかで、やがて左手に日塩もみじラインを分けると、

すぐ先で右手に橋が一つ掛かっています。この橋を渡ってしばらく

で木ノ葉化石園の前を通ります。塩原温泉一帯は大昔、海でした。

今でもその頃の化石がたくさんでてくるのです。

 さて、木ノ葉化石園を過ぎしばらく行くと、正面の山肌をジグザ

グに道路が登って行きます。これが塩郡スカイラインの塩原側の入

口です。入口にはゲートがあり通行止の表示がでています。ふだん

の日には工事の車が入っており、ゲートも開いていますが、日曜日

にはたいてい閉まっています。このジグザグ道からは夕方になると、

眼下には塩原温泉の明かりが輝き、夕空には秀麗な高原山が黒いシ

ルエットとなって浮かびあがり、私の大好きな眺めです。

 このジクザク道を登りきり、小さな峠を越えると、道は小佐飛川

の右岸に沿つて北上して行きます。もう高原山は見えなくなりまし

た。かわって正面にほ日留賀岳 一、八四九mから長者岳 一、六

四〇mへと続く稜線が望まれ、その稜線近くをスカイラインが走っ

ています。この塩郡スカイラインほ舗装などはしてありませんし、

道が狭い上に、標高の高い所では道の片側が大抵、深い谷になって

います。

昔、鹿又岳ー八一七mのあたりから男鹿川へとトラックが一台落ち

たそうですが、今では木々に埋もれてしまいました。スカイライン

には飯場がいくつも作られ、工事も行われています。道は小佐飛川

源頭近くを横断して長者岳一、六四〇mへと登つていきます。長者岳

からは正面に日留賀岳がとても立派に見えます。ここらあたりまで

くるとずい分高い所へ上がつてきた感じがします。シャクナゲが現

われ、じきハイマツも見られるでしょう。さらにガタガタゴンゴン

と車にゆられてまもなくで日留賀岳の肩に到着です。ここで視界は

一度に開け、会津・越後のパノラマが青空の中にどこまでも広がっ

ています。日光と会津とを結ぷ野岩線の開通により、従来にくらべ

これらの山々への入山は驚く程、便利になることでしょう。

 肩からはやぷの中の踏み跡をひろいながら、日留賀岳一、八四九m

の山頂までは三十分くらいです。日留賀岳は塩原温泉からも望まれ、

夕暮れ近く、温泉街が暗くなってきても、この山頂だけは西日を受

けていつまでも輝いています。山頂にはくずれかけた石造りの社が

あり、塩原温泉からは登山道がつけられています。

 さて、ここからはゆるい上下をパノラマを楽しみながら進みます。

鹿又岳ー八一七mを右手に見てしばらくでひょうたん峠に着きます。

峠からは東へ、大佐飛山に続く稜線が派生し、一方、ここは木ノ俣

川と大佐飛川の遡行終了点ともなっています。この峠のすぐ南には、

藤原町から、スカイライン建設時のパィロット道路が通じています。

車の通行はもはや不可能ですが、藤原町の横川放牧場まで車で入れ

ば、この道を利用して大佐飛山の日帰りも可能です。ひょうたん峠

から大佐飛山まではかなり明瞭な踏み跡がつけられています。赤布

も多く残され、迷うこともないでしょう。

 峠からしばらくで、左手に男鹿岳へと続く稜線を分けると、スカ

イラインは東へ折れ、天上界から下降を始めます。会津側から眺め

ると日留賀岳から男鹿岳へと続く稜線は壁のように黒々と立ちはだ

かっています。男鹿岳の標高はー七七七mとそれほど高くはありま

せんが、ここを中心に那須岳、日留賀岳、帝釈山へと続く三つの大

きな稜線が派生しています。スカイラインからは踏み跡もなく、訪

れる人もほとんどありません。

 さて、あとは木ノ俣川の左岸に沿って単調な下りが始まります。

右手には今までよく見えなかつた大佐飛山の長い稜線を眺めながら、

遠く前方には那須野ヶ原が広がっています。深い谷底には木ノ俣川

がキラキラ光り、やがて深山ダムへ通じる立派な舗装道路に出ます。

このすぐ下が板室温泉です。那珂川の河畔にあるこの温泉は塩原温

泉に比べればよほど小さく、静かな温泉場です。このすぐ上流にあ

る深山ダムは那須岳への西からの入口です。正面には三倉、大倉の

稜線が望まれ、その向う側が会津の国です。


  二、大佐飛山の沢

 大佐飛山は那須岳や高原山のような火山ではありません。那須岳

や高原山はいかにも火山的な独立峰といった形をしていますが、大

佐飛山はいくつもの沢の浸食を受け、その稜線は複雑に分岐してい

ます。沢は越後の沢のような険悪さほな〈、全般的に明るく落ちつ

いた沢筋を形成しています。


@ 大蛇尾川

  大佐飛川の北には木ノ俣川、南には大蛇尾川、この二つの川と

 その支流が大佐飛山魂での沢登りの主な対象となつています。と

 もに水量豊かな川ではありますが、大蛇尾川の方は山間から平野

 部に流れ出たとたんに伏流となつて地面の中に消えてしまいます。

 この川の水が再び地表に現われるにほさらに二十Kmほども下流に

 いかなくてはなりません。火山礫の中に水流が没してしまうこの

 那須野ヶ原に本格的に人が住みつくようになったのは、明治に入

 り、那須疏水の開削が始まってからのことです。それまでは雑木

 林と篠原の広がる原野でした。

  大蛇尾川の遡行は大蛇尾川と小蛇尾川の合流する萩平から始ま

 ります。五万図にある大蛇尾川の大滝の少し上流には東電の取水

 口があり、そこまでは左岸沿いの立派な道を利用することもでき

 ます。この道は湯宮から通じている林道大蛇尾線です。途中まで

 車で入れますが、崩壊等により、道の上には石がゴロゴロころが

 っています。萩乎から忠実に沢をつめる場合は、始めに五つほど

 の堰堤を越えなくてはなりません。堰堤にはすべて巻き道がつい

 ていますが、一ヶ所ワイヤーを伝って登る所だけ注意しましょう。

 これらの堰堤を越えるとやがて大滝のゴルジュに至ります。ゴル

 ジュの釜は深く、所々泳がなくてはなりませんが、左岸に巻き道

 もついています。二十mほどの大滝を過ぎると河原は明るく広く

 なり、まもなく東電取水口に到着、そして、ここから東俣と西俣

 の分岐まではゆるやかな流れに沿って進みます。萩乎から二俣ま

 で約四時間弱、林道を利用すれば二時間くらいです。二俣の少し

 手前では、左岸からお山沢が林の中に合流しています。滝は出合

 付近だけで上部は平凡です。さて、二俣から左へ入ると西俣です

 が、人の姿を見かけることのほとんどないこの大佐飛山塊にあっ

 て、この西俣だけは比較的多くの人がトレースしているようです。

 西俣の大滝四十mの他にも多くの美しいナノ滝や釜を連ね、晴れ

 た日には河床がコバルトブルーに輝き、大佐飛山の中で最も美し

 い沢です。二俣から四時間近くで、ほとんどやぷこぎもなくひょ

 うたん峠に到着します。せっかくですから大佐飛山や男鹿岳の山

 頂へも行ってみましょう。どちらも展望はあまりよくはありませ

 んが、この機会を逃したら、もう登頂のチャンスはないかもしれ

 ません。

  さて、二俣を右手に入ると東俣です。こちらの方が西俣よりは

 楽で、しかも終了点は大佐飛山の山頂です。時間も西俣ほどかか

 らず、がんばれば日帰りも可能です。東俣に入るとすぐに右手か

 らバッカラ沢が巨岩を押し出しています。この巨岩の上には七つ

 の釜を持つ美しい滝がかかっていますが、ここからは見えません。

 バッカラ沢の出合を過ぎ、二五mほどの滝を越え、さらにいくつ

 かの滝を過ぎると、最後はスズダケの斜面となつて山頂付近に抜

 け出ます。大佐飛山の稜線付近にほスズダケが多く、特に南や西

 の斜面には密生しています。

  大佐飛山の山頂には二等三角点が埋設され、そばの立木には明

 大WVの青いブリキ板が何枚か打ちつけられています。ひょうた

 ん峠から山頂までは彼らにより明瞭な切り開きがつけられていま

 す。大佐飛山塊で道らしきものは、スカイラインを除くと、この

 切り開きとあとは日留賀岳の登山道くらいです。

A 木ノ俣川

  木ノ俣川はひょうたん峠に源頭を持ち、途中、ひつ沢と西沢を

 合わせて那珂川にそそいでいます。木ノ俣の部落から五万図にあ

 るちょうせき鉱山までは車で入ることができます。ここから右へ

 入れば木ノ俣川本流、まっすぐ行けば西俣沢です。鉱山からは木

 ノ俣川本流沿いにひつ沢の少し先まで軌道の跡が続いています。

 ひつ沢合流点の手前にある木ノ俣の大滝二十mは、左岸にある軌

 道跡を利用して越えることができます。本流は大滝を除いては、

 平凡な沢筋がひょうたん峠へと続きます。支流のひつ沢は出合が

 ゴルジュ状になっていますが、ここを過ぎれば明るく開け、途中

 ひつ沢の大滝三十mを有して大佐飛山頂へつきあげています。一

 方、鉱山で木ノ俣川に合流する西俣沢は、出合近くの十五m滝の

 上は明るい林の中を流れる美しい沢です。黒滝山に続く支流には

 三十mの垂直の滝がかかっています。

B 大巻川

  黒滝山から東へ流れ出る大巻川は三十mの滝を有しています。

 早春、このあたりにはカタクリの花が多く見られます。

 以上の他に大佐飛山周辺の比較的大きな沢に、矢沢と小蛇尾川が

 あげられます。矢沢は傾斜のゆるい長い沢で、滝一つなく男鹿岳山

 頂まで続いています。小蛇尾川はいくつかの支流を持ち日留賀岳へ

 つきあげています。支流の中では釜沢と鍋割沢に滝が集中し、特に

 後者は大佐飛山魂では珍らしくゴルジュの発達した困難な沢です。

 この小蛇尾川は現在東電によつてダム開発が進められており、鍋割

 沢を始め右岸の沢にはすべて人手が入り、沢の中にドラムカンやワ

 イヤーが散乱しています。


  三、大佐飛山の尾根

 越後に行くと出くわす、あの神秘的なヤプこぎに比べれば、大佐

飛山のヤプなどは大したことはありません。それでも時にはいやに

なって沢に下ってしまうこともあります。小蛇尾川支流の鍋割沢を

除けばどの沢も下降に問題はないでしょう。

 大佐飛山周辺で登山道と言えるのは塩原から日留賀岳へ登る道と、

ひょうたん峠から大佐飛山へ続く切り開きくらいです。大佐飛山か

ら黒滝山までもかなり明瞭な踏み跡が続いています。その他には尾

根の上には道らしいものはなく、夏などはヤプの中を泳がねばなら

ず、あまり歩きやすいとはいえません。

 これらの尾根も早春の残雪期を利用すれば、比較的簡単に通過す

ることができます。大佐飛山の冬期の積雪量は、山頂付近で一.五

m前後と、那須連山ょりは多いのですが、越後や会津に比べれば格

段に少いと言えましょう。那須連山の冬期の強風は有名ですが、大

佐飛山では、強い北西風が一日中、そして何日も吹き続くというこ

とはありません。冬期の登路としてはひつ沢の右岸と左岸の尾根が

比較的単時間で登降でき、雪の状態さえよければ日帰りも可能です。

ただし尾根の下部は急で、ササなども所々でていて滑りやすいので、

このような所はたとえ雪が少くてもアイゼンをはいて登れば快適に

通過することができます。

 なお、大佐飛山はふもとの西那須野町からは見えません。那須や

矢板あたりまで遠ざかつてよぅやく山頂一帯の尾根範を眺めること

ができますが、実際に登った人でなければどれが山頂かも分からな

いことでしょう。


 四、大佐飛山の四季

 四月にはまだまだ吹雪くこともありますが、五月に入れば雪は急

速に融け始め、いろいろな花がワッと咲き出し、登山靴を地下足袋

にはきかえて、恐る恐る沢に入ってみるのもこの頃です。一部の沢

には七月頃まで残雪を見ますが遡行上はまったく問題はありません。

八月に入れば、沢登りの最盛期を迎え、塩那スカイラインも冬期間

の崩壊の補修も終わり、まあ、なんとか通行することも可能です。

近年、モトクロス用のバイクが多く、この種のバイクには最適の道

でしょう。しかし、台風が来ると、道の一部がごっそり無くなって

岩盤まで露出することも多く、台風前後の入山には注意が必要です。

 さて、夏も過ぎ十月に入れば山々は紅葉の盛りとなりますが、

この頃の台風通過後には強い西高東低の冬型気圧配置となり、強風

と共に雪が降ることがあります。しかし山々に根雪が降り出すのは

十一月下旬から十二月上旬にかけてで、この頃、那須岳の西方にあ

る大倉・三倉の山々は他の山に先がけて真白になります。十二月か

ら二月までは山は吹雪くことが多いのですが、三月に入れば雪もし

まり、ワカンとストックを持ってどこまでも歩いていけるでしょう。
 

  五、大佐飛山の動植物

 何といっても多いのはカモシカです。シカというよりはウシに近

く、ふいにばったり出くわすと目を白黒させ、足はもつれ、鼻から

はフーフー息を出し、あたふた逃げて行く所はまことにウシそっく

りです。この他にもクマ・サル・ムササビなども多いようですが、

山中でシカに会ったことはまだありません。

 動物は哺乳類以外にもたくさんいますが、植物同様、私にはよく

分かりません。時々、珍しい昆虫や植物に出会うこともありますが、

それがこのあたりの特産であるかどうかといわれると、私にはあま

り自信がないのです。


  六、交  通

 大蛇尾川および小蛇尾川の入□となる萩平へは、西那須野駅から

J Rバスで蟇沼まで行き、対岸に渡ります。木ノ俣川から入山する

場合は黒磯から板室温泉行きのパスを利用します。マイカーが利用

できるなら大蛇尾林道やスカイラインも通行が可能ですが、スカイ

ラインの場合はいつでも通れるというわけにはいきません。那須や

高原山と比べて交通の便が格段に劣るのはいたしかたありません。