焼石連峰

                          印南睦美

 九月十四日、二十三時三十四分、急行・八甲田に乗る。小雨の中

出発。

 即席の計画。急に決まったため、最近の確かな資料もなく、いく

つかの昔の資料を見たけれど、違っている点あり。

 とにかく、夏油川を徒渉終了まで、雨が降らないでくれることを

願う。

 ひさぴさの夜行列車。連休のため混雑している。用意していた新

聞紙を敷いて座り込む。五時間半の列車の旅、かなり疲れる。

 九月十五日、五時五分、北上着。バスの時間まで二時間以上ある。

雲行きがあやしい。少々肌寒い。

 朝からゴミ拾いをしている人あり。そのためかとてもきれいだ。

待合室では鈴虫が鳴いている。どこにいるのだろうと探すとカウン

ターの上に。郷愁をさそわれる。

 駅に長いこといると、いろんな人が行きかう。

 一時間十五分。眠りこけている間に夏油温泉に着く。晴れ。

「天気予報は、当たらなくてもいいのよ」と、冗談が出るほど青空

になってくれる。

 秘境の夏油温泉と聞いていたが、それはずいぶん昔のことなのだ

ろうと思う。私達は秘境にひかれて来たのだけれど・・。大きなふ

ろしき包みを持った湯治に来たというおばあちゃん達が、明るくき

さくに話しかけてくれる。

 ザックを子供と思い・おぷっていくのは大変と気の毒がったおば

あちゃんが印象的だった。

 登山道に入り、約五百メートルで車道に出る。牛形山と経塚山へ

の分岐である。牛形山から焼石岳への道はないとの標示があり、経

塚山へは左の車道を行く。約四十分で夏油沢への分岐に出る。

 徒渉点間近にし、不安があった。深さは膝くらいまであるが、雨

が一日降ると腰ぐらいの深さになり・川幅も広がり、流れも急激に

なるという注意があっただけに昨夜の雨は心配をそそる。

 心の準備と多少の用意はあったが、渡れず逆もどりになるかも知

れないと・内心不安になっていたのだ。

 徒渉も覚悟の上だったのだが・赤い橋ができており、なんなく渡

れる。この橋のあることを知っていたなら、逆コースで夏油温泉に

入りたかったと思う。夏油川から、ブナの原生林の急坂に入る。か

なり長い。風がなく暑い。

 経塚山五台目に、五葉松の大木が見られた。八合目には日本庭園

を思わせるお坪の庭があり、ここで大休止とする。こんなところで

お茶を点てたら、さぞおいしいだろう。

 樹林帯をぬけるとリンドウの咲き乱れた湿原に出る。経塚山の南

側をダラダラと登る。風がここちよく私達を歓迎してくれているよ

うだ。途中・きのこ採りに来たという、老夫婦二組に出会う。とう

に七十は越えているようだが、元気いっぱいはつらつとしていた。

あえぎあえぎ登っている私達は元気づけられてしまう。

 敬老の日の今日、すばらしい人達に出会え、いくつになっても歩

けるということを確証する。谷川で出会った二才の女の子もしかり

・・・

 長い登りでやっと経塚山へ着く。 山頂からは三百六十度の展望。

さわやかさがただよい、何とも言えないいい気分。東北の山の奥深

さをしみじみと感じる。

 これからは稜線歩き。蒸し暑さに蒸せ返ることもなく行くことが

できる。紅葉時はきれいだろうなあ、と思いきや、下りはきついガ

レ。それを過ぎると快適な尾根歩き。思えば遠くへ来たもんだ、と

うれしくてたまらない。

 天竺峠には古ぼけた桂が一本右側にある。ここから銀明水の小屋

まで一気に下る。小屋が見えたと同時に、真向かいに小屋に向かっ

ている人達が目に入る。

 小屋は小さい。小屋の場所を取るために一目散に走りだす。先客

三パーティーあり。狭いけれど三人の場所を確保する。

 あっという間に小屋はいっぱい。ひとりの人・家族連れ、職場の

同じらしい女性達と、それぞれに和気あいあいに楽しそうだ。

 私達の食事は軽量にしたため、隣の女性たちの夕食は気になった

けれど、佐野さん持参の乾燥なすの漬物は感動的だった。水で戻す

と本物の漬物になるのだから・・。お茶を飲み、それぞれの山の話

昔話をし、楽しい晩餐となった。

 十六日、雨の中の出発となる。あいにくの天気。登りがきつい。

しかし所々に咲いているリンドウ・ハクサンフウロなどは今までの

カラカラ天気で干からびた体を潤す天の恵みのように輝いて見えた。

咽を潤した時の感じだろう。

 そんな感動をしているうちに、牛形分岐、六沢山、いくつかの池

糖を過ぎて東焼石岳。天気はますます悪くなる。

 風と雨で、休むと体が冷えてしまうので証拠写真だけを撮り、先

を急ぐ。なだらかな姥石平、そして泉水沼へ。やっと足取りも軽く

なる。晴れていたらドレミの歌を歌いだしたくなるところだ。

 泉水沼にザックを置き、焼石岳往復をする。頂上は三百六十度眺

望できるはずであるが、この天気なのでそうそうに引き返す。湿地

に咲く花を楽しみながら四十五分で銀明水に着く。

 雨も上がり青空も見えてきた。ここで大体止とする。銀明水の清

らかな水はこんこんと湧き出ており、このうまさは、ここを通る何

人の旅人をうるおし、感動させたことだろう。「おいしいね 」と

三人の顔もほころぷ。皆に飲ませてあげたいなあとチラツと頭をか

すめる。時間があれば一泊したいところだ。

 銀明水を後にして九百八十メートルのピークを下ると左に石沼が

見える。その遠くに昨日の宿、金明水小屋も見える。少し行くと近

道との分岐に出る。近道は歩きにくいとガイドブックにあったので

雨上りのこともあり、岳山を経由することにする。

 急に道は狭くなり、クモの巣もあり、かきわけかきわけの歩行と

なる。岳山からは、先の道が見つからずガサガサと探す。

 やっと見つけ、またかきわけかきわけ下ること十分。やっと近道

とぶつかる。ホッと一安心。金山沢から下りも急になる。

 けれど、リンドウが道の端々に咲き乱れており、疲れを感じる前

に、美しさに気をとられ、「ワー、きれい」と感嘆の声を上げてい

るうちに、つぶ沼に出る。

 舗装道路を一時間歩き、尿前に出る。バス停に荷を置き、町の子

になるための着替えを持ち、温泉へ。湯治に来ている大勢のお年よ

りといっしょに湯につかり疲れをいやす。

 ひさびさに楽しい山行だった。またこのメンバーで、どこかの山

へ行けたらいいなあと思っている。