日光・太郎山にて                           野澤 豊

 平成10年6月27日・土曜日の午前5時、時計のベルに起こされる。この

時間帯に目を覚ますのは非常に辛い。

 そもそも明け方と云うのは眠り自体が深いし、週末、特に暖かい季節はビー

ルがたっぷり入っていたりするし...。でも遊びに出掛ける時はちゃんと起

きられるのだ。(頭は少し重いが..)

普段は滅多に自分から起き出す事の無い自分が、休日特に自分の遊びとなると

まず寝坊する事が無いものだから、動く目覚まし時計である妻は面白く無いら

しい。ごもっとも。

 
 目を擦りながらカーテンを開いて外の様子を伺う。雨は降っていない。

「よし、行くのだ。」

5時30分、予定通り家を出発する。同伴無し。

今日は太郎山へ登ろうと思う。前から気になっていた山だ。

 
  自分の登山スタイルはと言うと、近場、日帰りと云うパターンがほとんどで

あり、岳友会員になって1年余り、山に行く回数こそ若干増えたものの、今の

所このスタイルに余り変化はない。だから、次はどこへ行こうかと拡げる地図

は、だいたい日光・那須あたりを眺めている事が多いのだ。

 日光の山と言うと直ぐに思い浮かぶのは、白根山・男体山・女峰山あたりで

あり、最初に太郎山と言う人はまず居ないだろう。

自分の認識不足だけなのかも知れないが、地図を見ても、男体山の直ぐ傍に位

置する割にはくっついている訳でもないし、百名山どころか二百名山でもなし、

ちょうど男体の北側に有るのも少しマイナーっぽいイメージがある。実際120

号線から眺めるそれは、どうしても視界の中に男体山が「ドカッ」と見えてし

まうから、どうも、まず行きたい山と云う感じがしないのでは無いだろうか?

しかし、それだけに、日光の地図を拡げる度に非常に気になってしまう山なの

だ。これは太郎山の誘惑か?はたまた意識しすぎて恋をしてしまったか。

 途中、コンビニへ寄って昼食を仕入れる。今日はラーメンを食うのだ。

因みに最近山でラーメンを食う事が多くなった。梅原先輩の影響が大きい。

自分は感化され易い性格かも知れない。


 7時30分、光徳の駐車場に着く。

まずはトイレで用を足し、8時JUST出発する。

時期も時期だけに今日は晴天と云う訳には行かなそうだが、薄曇りで穏やかな

気配の中を奥鬼怒林道へ向かって歩き出す。

10分程で登山口着。傍らの句碑を読みつつ身支度を調整する。

周辺に車が3〜4台駐車して有るが、既に出発したのだろう人の気配は無い。

まずは登山口から林間を歩き出す。暫くすると大きな岩がゴロゴロする河原へ

と出るが、周りは木々が鬱そうと茂り、日の光を遮っている。

少し寂しい気分になるが、程なくそこを抜けるとハガタテ薙の下部に出る。

そこから見上げる薙は地図にも丸に危のマークが有ったが、谷間の左斜面は確

かに崩れているし、正面からはゴロゴロの大岩も転げて来そうで確かにチョッ

ト怖い。

休憩もままならないまま、ひたすら登り続けるが、途中振り返ると、

戦場ヶ原から中禅寺湖の眺めが開けていて、疲れた気分に少し爽やかな風が吹

く。


 9時30分、やっと稜線に出る。

何人か先客が休憩しており、挨拶を交わすが、やっと人に会ったのでなぜかホ

ッとするのだった。

本当は、自分は一人山行きに向いていないのかも知れないなどと思いつつ、頂

上を目指してまた歩き出す。


 10時25分、小太郎山頂着。

直下の周辺にはピークを過ぎた石楠花と思われる花が沢山咲いていたが、どう

も草花には疎いので、正しい名前は判らないのだ。

頂上周辺にも小さな花が何種類か咲いていて、カメラを持った中年男性がしき

りに写真を撮っていた。

少しは花の名前を覚えた方が山が楽しくなるのだろうか?

 山頂周辺はあいにくガスが掛かり、展望は今一つである。

但し風も有ったので、時折展望がほんの少し開けるのだが、目の前に観える男

体山の雄大な姿が素晴らしい。

男体山だけではない。左に向かって、大真名子、小真名子、女峰山と連なる山

々が一遍に眺望出来るのだ。

標高的には男体山の方が100メートル強高いが、丁度目線を合わせる様に目

の前に山々の姿が広がるのである。

そう言えば、逆に男体山から眺める太郎山の姿は印象が薄かった様な気がする。

これも単なる認識の問題かも知れないが、印象・イメージ、何か太郎山は少し

損をしているのかな...。


 小太郎から本峰へは約30分。途中の岩稜がちょっとデインジャラスなムー

ドなのだ。

本峰も残念ながらガスで全くと言っていいほど展望は開けない。

おまけに風は強風に変わってしまった。

既に10人程食事を取っている。自分も予定通りラーメンを食うのだ。

(山で食うラーメンは塩がうまい。深く考えてはいないが体が塩分を欲しがっ

ているからだろうか?それとも単なる個人的な嗜好?)

  手早く食事を済ませて、11時30分本峰を出発する。

下りは火口原から新薙を横切り、裏男体林道へ出る予定だ。

 火口原は季節によってお花畑になるらしいが、何も咲いていない。

自分はここへ来る季節を間違っているのか?

でも咲いていたところで何の花か判らないので、まあ良いのだ。

 火口原から樹林帯へ入ると直ぐに薙へ出るが、ここも丸に危のマークが有る

所だ。確かに足場が悪い。前後に人気も無く、危険な上に、またまた寂しい気

分になって来る。

注意して降りて行くのだ。

この下りは、本峰から1時間半程で林道へ飛び出すのだが、

上半分は足場が悪く気を抜けず下半分は木々が鬱そうとして陽を遮り、寂し

いコースで有る。

 見る限りこのコースを歩く人は少ない様子。途中、中年のカップル(もう少

し若かったかも?)とすれ違い挨拶を交わす。全然人気が無いコースは、こう

して人に会うと、やっぱりホッとするのだ。(自分だけだろうか??)

 コースの最後は笹藪だ。これも非常に煩わしい。

直ぐそこに林道が見えているのに、どこに道が有るのだ。

「えいっ」と無理矢理笹藪を突っ切って見たが、やはり出たそこは登山口では

無かった。

ちょうど雨も少し降り出した。早く登山口へ行かねば。

足早に林道を歩くこと200メートル、13時、登山口に着く。

なんでこんなにズレルのだ。

 ここから光徳の駐車場は遠い。何年か前に男体山から降りて、志津乗越から

三本松まで2時間ほど、雨の中をひたすら林道を歩いたが、あれは非常に疲れ

たので、今日は林道へは出て来たものの、もう歩きたくないのだ。

と、言う訳で、登山口近くの藪に入る。

「あった、あった」細い雑木に自転車が繋いである。

今朝、光徳へ行く前に車で林道へ入り、ここへ仕込んでおいた自転車である。

一応盗難の可能性も考慮して鍵も掛けて有るのだ。

 後は一気だ。歩けばたっぷり1時間半程掛かるだろうが、自転車ならほんの

15分程、それもほとんどダウンヒルだ。

 登山の行程は、休憩を含めても5時間程度だから、それ程しんどいコースで

はなかったがなんと言ってもこのダウンヒルが格別の爽快感だった。

 13時30分、光徳に着く。早速に自転車を車に片付けて、帰路に着いたの

である。


 自分の様に車を使い、日帰りの山行きをするとなると、

多くの場合コースが制限されてしまう。車を置いた所へ戻る必要が有るからだ。

交通の便の良い所ならその限りではないが、なかなかそううまくは行かないの

だ。そう言う意味では、この太郎山コースは裏男体林道を歩いても合計7時間

も有れば光徳へ戻れるし、勿論逆コースでも良い。

自分の様に自転車でも仕込めば、タイム短縮の上に楽しみも増えるのだ。

安易と言う言葉は適当では無いが、手軽な日帰りコースとして、

ちょっとお奨めである。

但し、登り/下りが険しいばかりと云う気がしないでもないが...。