登山とトレーニング                                 小口 貴文

  山を登っていると、よくバテバテでせっかく美しい風景が目の前にあるのに

も関わらずそれをゆくりながめる余裕がない人をよく見掛ける。又、疲労が原

因で死に至るケースもよく耳にする。よく凍死という言葉を聞くが、正確には

「疲労凍死」であり、体力不足が大きく影響しているのではないかと思う。又

死に至らずとも遭難の原因には体力不足が何らかの形で直接、又は間接的に影

響しているのではないだろうか。思考力がにぶり危機的状況における判断ミス

も体力不足ゆえに起こって来るものだと思う。しかし、登山をする人の多くは

日頃あまりトレーニングを重視していない。なぜなら登山は競う相手がいない

し条件さえよければ何とか歩きとおせる場合が多いからである。しかし登山が

対象とするのは大自然であり、常に危険を伴っている事を認識してもらいたい。

日頃、高校生を指導している立場から言って登山を志す上で、トレーニングを

する事は当たり前のことであると思う。少しでも楽しく安全に登山をする為の

参考になればと思い、運動生理学的な専門的な事は書けないが、なるべく具体

例をあげながら私なりに述べて行く事にする。

  登山をする上で必要な体力とは、長時間歩き通す為の持久力、岩場をバラン

ス良く歩く為の平衡感覚、瞬発力、足や腹部の筋力と言える。登山とは全身を

使う(頭の中身も含め)スポーツなので、バランス良くトレーニングする事が

大切である。又、自分がどの様な登山を目指すかによってもトレーニングの度

合いは大きく変わって来るが、ここでは三季の尾根歩きをするいわゆる一般登

山者を対象に述べ、最後に参考までに、矢板中央高校山岳部が競技登山や夏山

長期縦走の為に日頃行なっているトレーニング、私がヒマラヤ登山の為に行な

ったトレーニングをあげてみたいと思う。



  ストレッチングとウオーミングアップ

  これをやらずにいきなりトレーニングに入る事は逆効果である。ストレッチ

ング(いわゆる柔軟体操)で充分に全身の筋肉を柔らかくし、その後、額にう

っすらと汗を掻く程度に早歩きやジョギングを行なう。

  

  全身持久力

  登山は瞬間瞬間の運動はそれ程激しいものではないが、長時間続けるという

所に大きな特徴がある。そのために心肺機能の強化と筋持久力が必要となる。

効果的なトレーニングとしてはマラソン。これには二つの方法がある。一つは

距離を決めてとにかく走りきるもの。二つ目は時間を決めてその間走り続ける

ものである。どちらもゆっくりしたスピードで長く続ければ効果は上がる。又

全身持久力を高めるトレーニングとしてマラソン以外では縄飛びも有効である。

 

  筋力トレーニング

  登山は足を多く使うスポーツである。特にひざやふくらはぎの筋力が重要と

なる。これを強化するトレーニングとしては、ヒンズースクワット。だいたい

初めは30〜50回をワンセットとしてできれば2セット程度行なう事が好ま

しい。ふくらはぎ強化の為には、つま先をつけた状態で、かかとを上下する運

動を30〜50回ワンセットとし2〜3セット行なう。又、腹筋、背筋運動も

同様に行い全身の筋力をバランス良く強化して行くべきである。その他、足を

強化するトレーニングとして階段往復等は、最も実践的トレーニングと言える

だろう。



  トレーニング終了後のクーリングダウンとストレッチング

  トレーニングをすると疲労が体にくる。それは疲労物質となる乳酸が体にた

まる為である。それを流す方法として、トレーニング後、軽く歩いたりジョギ

ングしたりする。又、筋肉が固まるのを防ぐためストレッチングはは必ず行い

たい。案外このことはおろそかにされがちなのであるが、けがや疲労を防ぐ為

によても重要なことである。



  無理なく楽しく行なう

  山に登る為、トレーニングしようと決意しても三日坊主であっては何の意味

もない。長く続ける事が重要であるが、その為にはいきなり強度を上げてはい

けない。まず現時点での自分の体力を考え、トレーニング後少し余裕が持てる

程度にすべきである。例えばマラソンであれば最初は距離にして2〜3km、

時間にしては20分程度とし、走っている途中苦しくなったら歩いてしまおう。

又、毎日やるのが困難ならば、週に2、3回程度行い、体力の向上に伴い、強

度をあげ、日数を増やして行けばよいと思う。だんだん汗を掻くことが気持ち

よくなりトレーニングが楽しくなってくるはずである。又日常生活の中でも、

車で行く所を歩いたり、自転車で行く等をしてもよりよいトレーニングになる

のである。とにかく無理をせず、楽しく行なって行こう。



  今までは、一般登山者を対象として述べて来たが、ここでより高いレベルを

目指す為のトレーニングを紹介しておく。



  矢板中央高校山岳部のトレーニング

  その一。5kmランニング(1kmを常に4分を切るくらいのスピードを保

ちながら)

筋トレ。スクワット100回。腹筋、背筋50回ずつ、腕立伏せも30〜50

回これを2〜3セット行なう。

  その二。12分間走。12分間の間に400mのトラックを7〜8周する位

のスピードで走りまくる。これを2セット行なう。その後、前述の筋トレを行

なう。

  その三。1kmジョギング。160段ある神社の階段をダッシュで5〜10

本。その後7kmランニング。

  その四。LSB。90〜120分間ゆっくりとしたスピードで走り続ける。

これらのトレーニングの前には必ずストレッチ、ウオーミングアップ。トレー

ニング後にはストレッチ、クーリングダウンを行なう。



  ヒマラヤを目指している時に行なったトレーニング

  その一。8km(1km5分を切る位のスピードで)ランニング。その後、

スクワット300回、腹筋50回、背筋50回。

  その二。10km(1km5分を切る位のスピードで)ランニング。階段を

ゆっくり10往復。筋トレちなみにこれからヒマラヤ等の高峰を目指す人達の

為の参考として体力の目安をあげておく。

  七千mを目指すならば12分間で2.8km以上。  八千mを目指すならば

12分間で3.2km以上。走れる心肺機能が必要となる。私が遠征する直前

には、トレーニングにより12分間で400mのトラックを8周以上走り、肺

活量は6.2Lになっていた。

  とにかく自分がどのレベルの登山をするかによりトレーニングの度合いは変

わってくるが、決して無理をせず、少しずつ体力を向上させよう。そしてより

安全で楽しい登山を実践して欲しい。最後にトレーニングと同時に大切な栄養

について記しておく(注)。参考にして頂ければ幸いである。

   【編者注:栄養に関する表は省略しました。】