仙人通信52 雲取山(2017m)
相模川の河岸段丘にある我家からは、蝙蝠傘に似た大岳山の左に七つ石、そして東京都
の最高峰である雲取山が、晴れた日に望める。秩父連山の縦走路として2度程、若き時に
登ったことがあるが、大ダワからのコースを執ると6時間足らずで往復できる事を知り、
急に登りたくなった。JR奥多摩駅の先の日原街道を鍾乳洞近くまで進み、落石を避けなが
らゆっくりと大ダワ林道を走らせた。なんと林道のクロ-ズ点まで奥多摩駅から45分も掛
かった。おまけにクマ注意と登山道への通行禁止の看板が立っているではないか。凍結や
滑落を意味しての警告と考え、行ける所まで進み、ムリであれば引き返す覚悟で長沢谷の
階段状の橋を渡った。かなり急斜面の山肌を捲く様に登り、日当たりのよい大雲取谷渓谷
に入った。対岸の日陰部分には、まだかなりの雪が見られる。登山道は、V字状の山肌に
30cmから1m程の幅に刻まれているが、緩やかな登りだ。しかし、雪解け後の霜が解け
て、不安定となった砂礫や落ち葉が、行き手を塞いでいる。夏であると瀬音が心地よいの
であろうが、足元から20〜30m下の沢底に向い、足元の小石が崩落する音が不気味だ。ス
タンスを誤れば、磨かれた岩壁を小生も滑落し、死するのが見える。スティクの先の石突
で落ち葉をまさぐり、砂礫の中にスタンスを造り、ゆっくりと進んだ。凍結が無いのが何
よりの救いだ。2時間程歩いたろうか岩陰で物音が、まさかと思い口笛を吹いたら、「や
あ〜」と私より年配の方が降りて来られた。進路の情報を得て一安心だ。2時間20分の予
定がなんと3時間を要し、大ダワに着いた。ここからは、シラビソで覆われた日の当らな
い雪の尾根道である。アイゼンを着けて男坂を上る。アイゼンの爪のクリップを気にする
程度で登りは楽だ。北側の尾根からは真っ青の空に両神や浅間が綺麗である。瀟洒な雲取
山荘の前を通過して、約1時間掛けて雲取の山頂に立てた。山頂まで、なんと4時間も掛
かってしまった。正面に富士山が御坂の上に浮かぶ、丹沢・そして相模川沿いの佇まいが
見られる。残念ながら小生の家がある座間までは、視界が利かない。 400mmの重い望遠レ
ンズはリックの肥しとなってしまった。東北方面は木々で覆われているが、秩父連山・鳳
凰三山までは手にとるようだ。かつてS君とこの山頂で寝転んだのが懐しい。下山は富田
新道をと計画していたが、安全を考えて来た道を戻った。大雲取谷渓谷は午後になり、霜
解けも収まり落石も少なく、また先ほど刻んだスタンスが大部分使用出来たことから、気
を付ければ然程の難所でもなく歩けた。一休みとリックを置いた時だ、30m先の岩陰に黒
い毛足の長いものが、こちらを見ているではないか。まさか!!と思い、こちらも見定め
ると2本の角が確認できた。ニホンカモシカとの遭遇である。ゆっくりと向きを変えて、
つるつるの渓谷を登り尾根へと消えていった。しばしその勇姿を眺めてしまった。
(h19.3.14)